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日本建築家協会JIA長野県クラブ

JIA長野県クラブ「代表日誌」2017年 10月

JIA長野県クラブ 山口代表より「代表日誌」2017年10月が届きました。(2017年10月31日)

 

10月20日

今回で3回目になる「会員交流会」を欠席した。父が7月22日に亡くなり10週間で10回目の葬儀に出席するためである。葬儀・告別式の方法、進め方は地域によってかなり異なるが、佐久地方は告別式→葬儀→灰寄せの順に行われ凡そ3時間を要する。灰寄せに呼ばれると、私は大抵帳場の係に任命される。近年ではお金の勘定はしないが、香典帳に記載しなければならない。

 

このようなことを経験しながら改めて父の存在の大きさに気づいた次第で、田舎の一家の長の役割の大きさにたじろいでいる情けない状態です。

 

10月21日 

今日から2日間、宮城地域会での被災地見学会が始まった。6月に宮城地域会の手島さんから、“被災地交流をしませんか?” とのメールをいただき、3ヶ月以上かけて準備してきた事業です。

 

私と宮城地域会との関係は、昨年の熊本地震における被災度調査でご一緒させていただいたのと、関東甲信越支部で開催した災害のシンポジウムに手島さんにご報告いただいた経緯があり、本部の災害対策会議の委員であることもありお声掛けいただいたようである。

 

手島さんは、石巻市の北上町にっこり団地の集団移転を手がけられ、全国的にも有名な方である。宮城地域会を挙げて協力いただけることになり、長野県クラブだけではもったいないと思い、新潟と北関東の地域会にもお声掛けし、支部から松下災害対策委員長と4県(新潟、栃木、茨城、長野)合同の20名で参加することになった。

 

当会からの参加者は9名なので、丸山さんの乗用車と8人乗りのレンタカーの2台で仙台に向かった。伊那の丸山さんは5時前に、長野の皆さんは6時前に出発し集合場所の仙台のレンタカー店には12時過ぎに到着した。

 

午後からレンタカー3台を使い、宮城地域会の案内役の3名を含め総勢23名の視察研修が始まった。

高速道路の道中、東松島などの復興のお話を聞きながら最初の目的地である石巻の「にっこり団地」に向かった。現地で午前中JICAの視察団の対応に当たっていた手島さんも合流し、震災後土木のコンサルが提示した復興計画を地元の住民が拒否し、震災前からまちづくりに関わっていた北海道大学と協力しながらワークショップを立ち上げたこと。長い時間をかけて住民の意向を丁寧にくみ上げて合意形成を計り、行政の担当者にも恵まれ被災者全員が納得する計画案を作り上げ、建設に至ったという経緯を説明していただいた。

 

全体計画は野球場を間に挟み北側と南側に平屋・戸建ての団地を配置している。“みまもり型”と称して歩道・広場を介してお互いに見える関係を作っているのが特徴で、縁道(コニュニティロード)と緑地、小ひろば、共用テラス、駐車場を組み合わせ、専用テラスは縁側的でもあり、各戸へのバリアフリーアクセスの役割も果たしている。

詳細に興味のある方は事務局に“「北上地域まちづくり委員会」支援活動報告書” がありますのでご覧下さい。

 

「にっこり団地」を後にし、近くの、児童108名中68名死亡、6名行方不明、教員11名中9名死亡、1名行方不明の悲劇に見舞われた大川小学校を訪れ慰霊碑に黙祷した。言葉もない。

 

石巻の最後は雄勝町の災害団地を訪れた。まだ建設中であったが、地元で採れる天然スレートを外壁に使用していて、皆さん興味津々の様子だった。

 

今日の最後の訪問地は女川町だ。JR女川駅は坂茂の、駅前と道路を介して続く商店街のシーパルピア女川は東利恵さんの設計である。土曜の夕刻にも関わらず、台風21号による悪天候で観光客は疎らで閑散としていた。天気の良い日に来るとまた違った印象だと思う。個人的には一時話題になった、段ボールで作ったランボルギーニ「ダンボルギーニ」がクールで印象に残った。

 

この後仙台に帰り、宮城地域会の皆さんとの懇親会に参加した。2次会は我々だけで寿司店に行った。大変旨かったけど値段もよかったねぇ!!

今日はにっこり団地の途中から雨が振り出したが、天気予報では明日はもっと酷そうである。

 

10月22日

被災地交流の2日目。8時に集合し、一路宮城の南に位置する山元町へ向かう。

まず山下設計が設計の町の防災センターへ行く。図書コーナーなど普段町民が利用できるスペースもあるが、朝も早く天候と総選挙のせいか我々だけでゆっくり見学した。道路の向かいのJR山下駅もこの震災で被災し、線路も高架になっているのが印象的であった。

 

その後激しくなってきた雨の中を岩沼市に移動し、海岸の防潮堤と整備中の海浜公園を見学した。皆さん革靴やスニーカーを履いていたのでずぶ濡れになって大変の様子だったが、私は長靴とレインコートと大きめの傘という重装備だったのでどうということはなかった(笑)

 

その後岩沼市の玉浦西災害公営住宅団地を訪れた。ここはかなり規模の大きな団地で、6地区あるそうだが、B1地区を手島さんが「二戸一タイプ」で、B2地区を鈴木弘人事務所が「長屋タイプ」で、二野倉・藤曽根地区を針生承一さんが「戸建てタイプ」で設計されている。

B1地区は二戸を屋根で繋いで共有テラスを設け、住戸を回転させながら日照とプライバシーを確保している。バリアフリー動線と「緑道」と呼ぶ見守り空間は昨日の「にっこり団地」と同じ考え方である。

 

岩沼市最後は伊東豊雄さん設計の「みんなの家」を訪れると、悪天候にもかかわらずお客さんで賑わっていた。一見単純な建物だが独特のスケール感と随所に工夫されたディテールがあり、伊東さんはさすが違うと思わせる小建築だった。

 

昼食は名取市の閖上地区の防潮堤に沿うように配置された、針生さん設計の「ゆりあげ港朝市」で取った。この物販・飲食のマーケットは国内外の支援を受けてたどり着いた復興のシンボルとして、地元でも高く評価されているとのことである。お昼だったことと雨のせいで閉めた店も多く、地元の人や観光客もまばらだったが、天気のいいときにまた訪れてみたいと思った。

 

午後の部は昼食の後に帰られた茨城地域会を除くメンバーで最後の訪問地、七ヶ浜町の3カ所の集合住宅を見学した。

 

始めに阿部仁史アトリエ設計の「菖蒲田浜災害公営住宅」である。平坦な敷地に5つの住棟と8つの広場を繋いだ100戸+集会場で構成である。各住棟は20戸前後の構成で、中庭に面してアルコーブが設置され、プライバシーを確保しつつ共用廊下で様々な交流が生まれるよう配置されている。

 

次に関空間設計+ソイソース設計の「花渕浜災害公営住宅」を見学した。50戸+地区避難所(集会所)の団地である。津波被害エリアから外れた傾斜地に等高線に沿って住棟を配置し、空中通路と階段で結ばれ、広い土間を持った多目的玄関と高低差を活かした立体的な広場が特徴的な計画であった。

 

最後は松本純一郎+手島浩之さん設計の「代ケ崎浜災害公営住宅」だ。敷地は標高20m前後の高台に位置し、松島湾の海と豊かな緑に囲まれた風光明媚な環境である。ここは花渕浜と違って等高線に対して斜めに横切るように、ハの字型に住棟を配置している。3段階の高低差と住棟間で生み出される広場と住戸の関係が魅力的で開放的であり、戸建てに近い感覚でプライバシーが確保されているように感じた。

 

この七ヶ浜町の集合住宅に関しては、新建築の別冊「集合住宅の新しい文法—東日本大震災復興における災害公営住宅」が発刊されているので、興味のある方は購入して下さい。

 

2日間に渡った被災地見学会はここで終了し、七ヶ浜町から約1時間かけて仙台に戻り、予定通りに16時30分に解散となった。綿密な計画を立て案内していただいた宮城地域会の皆さんに御礼申し上げます。お世話になりました。今度はぜひ長野においで下さい。

また、私のお誘いに応えてご参加いただいた新潟、栃木、茨城地域会の皆さんにも御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

その後、激しさを増す雨の中をひた走り佐久まで6時間、最も遠い伊那の丸山さんは8時間かけ、午前1時30分に自宅に到着したそうです。参加された長野県クラブの皆さんにもこの場を借りて御礼申し上げます。ハードだけど楽しい旅でした。

 

 

10月23日

広報委員会

今年度第4回目の委員会だが、久々に参加した。

まず31日発刊予定の「建築家通信115号」の内容の確認を行った。表面は夏のセミナーでご講演いただいた信大の高村先生にお願いして、LCA(ライフサイクルアセスメント)の考え方から、住宅建設時の環境負荷削減について、裏面は協力会の鈴木吉明さん、丸山淳治さんから環境をテーマに原稿をいただいた。

 

HPは被災地交流、北関東甲信越課題設計コンクール、宮本忠長展についての報告をどなたにお願いするか。出版は12月の予定している写真家の小川重雄氏をお招きしての勉強会について話合いを行った。

 

選定議員会

来年度に役員改選を控えて選定議員の投票が行われ、8名の議員が選出され今日第1回の会議が持たれた。現役の正副代表・監査役も選定議員であるが、慣例によりこの2年間の活動について所見を述べ退席した。

 

私は2期、4年間代表職を務めさせていただいたが、特にこの2年間の活動を振り返り、ご協力への御礼とこれからの課題に触れて人心一新をお願いした。これから約1ヶ月をかけて次期代表を選出していただくことになる。大変なお役目ですがよろしくお願い申し上げます。

 

10月27日

北関東甲信越学生課題設計コンクール 第5回実行委員会会議

北関東甲信越6県の学生を対象とした設計コンクールの委員会は通常WEB会議で行われているが、今年度から1回は各県持ち回りで行われることになり、その初の試みが長野市で行われた。

 

明日の信濃美術館の宮崎さんによるワークショップと小布施の宮本忠長展にも参加するということで、各県から委員以外の方も参加され賑やかに行われた。私はオブザーバーなので大人しくしていようと思っていたが、地域会賞への意見を求められた。

 

今年の審査委員長は東大の千葉学氏に決定した。2年前の東大本郷の建築見学会では、授業中にも関わらず香山先生に連れ出されて安田講堂の改修工事の説明をしていただいた。3月23日、24日の2日間行われるが、私も審査委員として参加するので大変楽しみです。

 

轟副委員長には今後ともお世話になりますが、よろしくお願いいたします。

会議終了後、佐藤さんが準備してくれた“マルベリー・デリカテッセン”で懇親会を行い、“ポム”での2次会が終了した時には0時を廻っていた。

 

10月28日

宮本忠長展 五十二年の軌跡

当初 JIA長野県クラブで企画して松本市美術館での開催を目指したが、スペースを確保できず断念した宮本先生のシンポジウムと回顧展が小布施町北斎ホールを会場に、28日、29日の2日間行われた。

 

ここに至った経緯については以前触れているので省略するが、長野県建築士会の主催で当会も共催という立場で今日の開催にこぎ着けた。10時からテープカットが行われ、私も人生で初めての大役を仰せつかった。端から見ているとどうということはないが、当事者になると緊張するものなんですね。

 

内藤廣さんの基調講演は午後2時からで、時間があるのでじっくりと見学させていただいた。先生は大変絵がうまいことは承知していたが想像以上でした。先生は仕事以外にも多くの役をこなされていたが、大変多忙な日々の中で旅行先ではもちろん日常のご自身の周りの出来事でも、常に手を動かして絵を描いていらしたことに驚いた。そんな中に建築士会とJIAの関係を模式的にまとめたメモがあり、先生のJIAに対する思いを感じ取ることができて感激した。

 

企画をした宮本忠長建築設計事務所で長野県建築士会副会長の荻原さんからは、当初小規模な展示だと聞いていたので、その出品作品の多さにも驚かされた。

 

JIAが松本市美術館の建築祭で予定している回顧展は、スペースの関係で今回程の展示はできないと思われるが、2日間のみの展示ではもったいないので、我々の企画が呼び水となって本格的な美術館での回顧展を開催できないものか、と強く感じた展覧会であった。

 

内藤さんの基調講演は「地の塩」という演題で行われたが、これは先生が佐藤事務所を辞して故郷に帰る時に、師匠の佐藤武夫から「君は地の塩になれ」と言われたという逸話を元にしたようです。この「地の塩」とともに6つのキーワードで宮本先生への思いが語られた内藤さんらしい含蓄に満ちたお話で、先生へのリスペクトを隠そうともしない姿勢に感銘を受けた。

 

休憩を挟んで、荻原さんの進行役で内藤さん、信大の土本先生、市村次夫さんをパネラーに迎えシンポジウム「宮本忠長と小布施」が行われた。1時間という短いシンポだったが、特に市村さんからは当事者しか知り得ない話をお聞きでき、また建築への深い造詣もおありで、建築関係者とは違った捉え方には大変説得力があった。

 

JIAは共催といっても何のお手伝いもしていないが、発案し、建築士会での開催をお願いした立場として、このような有意義な展覧会になったことに荻原さんを始めとする関係者の皆様に感謝申し上げます。

なお、今回の基調講演とシンポジウムに参加できなかった方は、新建新聞社の11月15日号の建築版に詳しい内容が掲載されるようですから、そちらをご覧下さい。

 

 

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