「大阪研修旅行」2日目レポート『思いを形に』

公益社団法人 日本建築家協会 関東甲信越支部 長野地域会

「大阪研修旅行」2日目レポート『思いを形に』

JIA長野県クラブ 正会員建築家 勝山敏雄さんより「大阪研修旅行」2日目のレポートが届きました。

日程:2023年 6月23日(金)~ 24日(土)
正会員建築家18名、法人協力会員3名、個人協力会員1名、事務局 合計23名が参加しました。

 

〇中之島美術館・・・2022年度JIA建築大賞を受賞
設計:遠藤克彦建築研究所。

2016年にプロポーザルコンペが実施され遠藤案が最優秀となり2022年2月にオープンした。プロポーザル時に「パサージュ」が要求されていた。「パサージュ」の本来の意味はパリによく見かけられる大通りの間をつなぐ小路、屋根のついた商店街を意味する。特にパリにおいてパサージュは芸術家や文化人などのアヴァンギャルドたちが、様々な出来事をもとめて逍遥した“都市の遊歩者たち”のための場所として特別な意味を持っていた。コンペでは「パサージュ」とは「展覧会入場者だけでなく幅広い世代の人が誰でも自由に訪れることができる賑わいのあるオープンな屋内空間」という定義がされていた。この「パサージュ」に対する答えが今の中之島美術館である。


中之島美術館外観。芝生広場より見る。

2階までをガラス張りにし、3階以上を黒い外壁で覆われた“ブラックキューブ”と称される大きな黒い立方体が宙に浮いているデザインである。四方から入り口がありメインエントランスが存在しない。1階あるいは2階レベルからエントランスにアプローチする。外観のシンプルさに反し、一歩館内に足を踏み入れると、内部は複雑で奥行きを楽しめる空間が我々を迎えてくれる。積層された展示空間の隙間に複雑に積み重ねられた広々とした吹抜け空間に階段やエスカレーターが交差している。1階では南北方向に、4階では東西方向に、5階では南北方向に抜けたパサージュと5層吹抜のパサージュが交差している。意外と中は思ったより明るい。圧倒的な広さと複雑さをもって人々を迎え入れるが、実は自然と客動線がぶつからないように計算されている。複数のエントランスから入場し、2階ロビーを介して南北に延びるエスカレーターで4、5階の展示室へと上がり、観賞後に再度2階ロビーに戻ってくるまでを、まるで一筆書きのようにスムーズに回れるようにしている。しかも、下りのエレベーターは上りと直行方向の東西方向に配置されている。


パサージュ空間 左:見下げ 右:見上げ

大きなキュービックの空間をパサージュは4階では東西、5階では南北くり抜かれ、各階の展示室のロビー空間を創出している。そのまま外壁の4面に大きな開口部を開けている。全方向に配されることで、外部では黒い壁面にL字型やあるいは方形が切り抜かれ、内部からは中之島地域の4方向への眺望を確保している。南側の開口からはシーザーぺリ設計の国立国際美術館を見ることもできる。あいにく4階の展示室が閉鎖されていて吹抜けを介して東西に延びるパサージュ空間を体感できなかったのが、残念であったが、この大阪中之島において、この美術館が極めて単純な形態の中に、開口から漏れる光が内包される複雑な空間を豊かにしていると感じた。

 

〇こども本の森 中之島・・・子どもが本と出会い、本を楽しみ、本に学ぶ文化施設
設計:安藤忠雄建築研究所

安藤忠雄は大阪で生まれ育ち、大阪を拠点に活動してきた、大阪に育てられた人間である。「中之島プロジェクト」構想や、周囲の川沿いに世界最長の桜並木を植樹する運動を続け、中之島に特別な想いを寄せ、この大阪に「恩返し」するつもりでこのプロジェクトが企画された。建築費は安藤忠雄が自ら負担し、市民や企業からの寄付により運営費が賄われている。

ここ中ノ島は、前日見学をした中之島図書館や中央公会堂がある人の寄付によってできたように、大阪人の誇りや精神を象徴する場所であるように感じる。まさしく安藤忠雄はこの精神を受け継ぎ、この歴史的・地理的コンテクストの中で、この思いを次世代のこどもたちに託し、こどもが主役の施設を実現したかったのではないかと思う。


外観。対岸から見る。

建物は、弧を描いて堂島川に沿って建ち、エントランス部のテラスが南側の公園と北側の川の風景をつなぎ、通りから川への視線を塞いでしまわないように配置されている。

外観は、エントランス廻りはカーテンウォール、書架部分はコンクリート壁面に縦のスリット。東側には微妙に傾いた円錐形の円柱がある。北側の公園レベルから1500程階段を上ると大きな緑のりんごと川の風景が広がり、このレベルがエントランス。中に入ると3層構造の壁一面を書架で囲い、中央に配置された大階段や吹き抜けを廻る立体迷路のような渡り廊下、井戸の底にいるかのような薄暗い円筒空間など、子どもの好奇心を刺激する構成となっている。


左:3層吹抜の書架空間。右:東端の円筒空間

こどもたちにとっては、本に囲まれた大きな遊び場のようである。好きな本を好きなところで、大好きなお母さんと一緒にこの空間で楽しむ姿が目に浮かんだ。走り回ったり、好きな場所を見つけて、好きな本を見つけて、自由奔放に本に親しむことができる本当の意味でのこどもの本の森であった。わが子が幼いころ読み聞かせをした本もいっぱいあった。この空間を体験したこどもたちにはきっと安藤の思いが届くだろう。

この吹き抜け空間の脇に円筒形の閲覧室やコンクリートで覆われただけの円筒空間がある。粋な空間構成である。円筒形の閲覧室は寝転んで本を読むこともでき、上部の円錐形のガラスからの光、覗き込むとその向こうに別の不思議な空間があるように見えた。そして、円筒空間は外から見ると微妙に円錐形となっているが、中に立つと壁が垂直に立っているように感じる。中に入って見上げた時に垂直に立つ壁に見えるように微妙に外側に開いていたことがわかる。この空間は古墳時代の石室に入ったときのような感覚を覚えた。そこの存在する空間を視覚的に感じるのではなく、空間の広がりを人が持つ五感のうち聴覚や知覚などで感じることができる不思議な体験ができる空間であった。

 

〇がもよん・・・杦田勘一郎と和田欣也のコラボレーション

大阪城の東に位置する城東区のほぼ中央にある蒲生4丁目。事前に本を読み、がもよんプロジェクトの経緯など知識としてはあって、この地を訪れた。最初の印象は古い住宅が残るごく普通の住宅街であることに驚いた。東京でいえば墨田区や足立区にある昔ながらの木造住宅のごく一般的な住宅街である。


最初の取り組み:米蔵を改修したイタリアン

まちが変わり始めたのは2008年。築120年の米蔵が再生から始まる。所有者である父親から活用を任された息子(杦田勘一郎)は当初、そば屋にするつもりで3年間、テナントを募集していたが、反応はゼロ。長屋の耐震リフォームを手がけて話題になっていた和田欣也氏と知り合う。蔵だから和風の商売というのでは面白くないと和田氏が提案したのはイタリアン。ところが周囲は大反対だった。しかし、オープンしてマスコミが取り上げた。こんな街にこんな素敵なイタリアンレストランが!という驚きが番組になり、これが呼び水となってこの10余年で蒲生4丁目駅周辺の300m四方には飲食を中心に31店舗が出店。市の観光案内にも登場するまでになった。


地元の地主でもある杦田勘一郎氏の自宅

ふたりの出会いがまちを変えていった。和田は「町は人が作っているもの。人に人が集まります。その最たるものが飲食店。成功している飲食店は腕がいい、適正な価格は当たり前で、加えて店主の人柄がある。だから、店を出してくれるなら誰でもいいのではなく、いい人、よこしまじゃない人、長く付き合いたい人を選ぶのが大事。そうすれば人が集まります」。

と語る。店を作れば人が来るのではなく、惹きつける力のある人が店をやるから人が来る。箱を作りさえすれば町は活性化するだろうという、再開発などの箱もの優先の考え方とは真逆である。「がもよんモデル」の原点は人間の心の動き、人情の機微を知り、それに寄り添うことである。


salon de the Tea shot(サロン ド テ ティーショット)

我々、一行が無理やりお邪魔させていただいたティサロン。お客さんで満席状態であったが、時間的にちょうどランチタイムのお客さんが引き上げるころで、幸いにも皆で入ることができた。オープンして3年目という。セットメニューでなければ注文できない。これは和田の言っていた「カフェはやめとき」であると思った。耐震改修をしてできる限り店舗改装の費用を抑えながら、古民家の雰囲気を残し、素敵な空間を作り上げていることがうかがえた。

通常であれば窓の向こうに見える庭を遮ることはしないが、開口部を減らして、トイレを設けている。これは水廻りを外壁に面して、給排水がしやすい位置としている。古民家の天井を落として、2階の床を表しとしている点。床は撤去し、コンクリートを打ち、基礎耐力を上げて壁耐力を上げていることなど、コストを抑えて、かつ耐震性を高め、古民家の雰囲気を残して、お店の収益を上げる。

がもよんには、いままでここに住み続けてきた人たちの生活空間に外部からの人たちが入り込んでお店を開いていき、空き家を活用して、まちに賑わいをつくっている。地元住民を大切にする、地域に愛される人がお店を開き、地元に住んでいる人も、自分のまちを自慢できるように、一つひとつの積み重ねがまちを変えていったと感じた。

 

 

 

   活動の記録

Copyright©JIA長野県クラブ, All Rights Reserved.