JIA長野県クラブ「代表日誌」 2016年12月

公益社団法人 日本建築家協会 関東甲信越支部 長野地域会

JIA長野県クラブ「代表日誌」 2016年12月

JIA長野県クラブ 山口代表より「代表日誌」2016年12月 が届きました。(2016年12月31日)

 

12月3日 

11月30日の正会員・法人協力会員 交流イベントの際に川上さんから贈呈された新著「住み継ぐ家の物語II」を拝読し、非常に感銘を受けたので感想を書いた。戦後のわが国にも“言ってはいけないこと”が多くあるが、建築界においても近代建築批判はタブーというより頭が可笑しいのではないかというような反応を引き起こす。川上さんは誰に対しても遠慮なく持論を言えるが、例え摩擦を引き起こしても最後は評価され、ファンになるという希有な資質の持ち主です。前著に引き続き展開される小気味よい論理にほぼ全面的に賛同します。社会について、建築についてこの10年くらい漠然と考えて来た自分の思考も踏まえ書かせていただいた。

 

12月6日 

第5回常任幹事会:14日に行われる役員会の内容の確認と以下の意見交換をした。

筒井専務が2点の資料の説明をされた。国交省の社会整備審議会建築部会において議論されている「官公庁施設における発注者のあり方(素案)」は品確法の改正・基礎杭工事問題などへの対応経緯を踏まえた中小の自治体が発注する建築工事に対する拘束力のない提言である。多様化する発注方式や運用に関する提言をJIAが行うべきであるという意見が出された。他にも何点か意見があったが、私が気になったのは基礎杭問題で、国交省の土木が指針を纏めているらしいが、再発防止の体制の中で設計が施工側と同列に扱われているらしいということだ。この問題は非正規雇用が生んだ施工体制の問題と捉えていただけに大変驚いた。今回の杭の不正施工は設計施工一括方式が生んだ問題だとも私は考えますが、分離発注にも敷衍して設計にも責任の一端を負わせようとするのは可笑しくないですか?

 

もう1つは国交省の所管する住宅リフォーム・紛争処理支援センターがJIA支部に面接・現地相談業務を委託する際の業務内容の指針について。相談に対するリスク・責任の所在が明確でない点と、にも関わらず全て無料扱いになっていることに対し疑義が出された。

次に総務委員会HG改訂WGから大幅なボリューム削減と会員参加型のブログ形式を取り入れた構成の試案と2種類の見積書(Word Press利用・スマホ対応の有無)が提示され、スマホ対応の方向で検討することになった。来年度中の運用開始を目指す。

昨年8月にリニューアルした長野県クラブのHPの場合運営は全面的に事務局の佐藤さんが担っているが、支部の場合事務局には頼れない事情があり会員が行う方向だが、セキュリティも含めかなり不安が残るような気がしますがいかがでしょうか?

 

事業委員会:支部常任幹事会と重なり欠席したが、北村委員長に来年度の松本市美術館での建築祭の一環として宮本先生の追悼シンポジウムと回顧展を開催できないか委員会で議論していただくようお願いした。美術館の都合もあり回顧展のみ卒業設計コンクール・会員作品展との同時開催なら可能ではないかという結論であった。シンポに関しては宮本事務所の意向もお聞きしながら開催の可能性を探って行くことになるかもしれない。17日の幹事会で4月の通常総会の会員集会で先生の追悼企画を行うか結論を出したいと思う。

 

12月8日 

1級建築士の定期講習を長野の日建学院で受講する。私は立場上JIAと提携している日建学院で毎回受けることにしている。仙田元会長、芦原前会長がビデオで建築士・建築家の職能や役割を解説するのがミソ。それにしてもこの定期講習、何とかしていただけないものでしょうかね? この制度は姉歯事件の時に、国交省が単に不届き者の犯罪を建築士全体に責任転嫁したのと、自分たちが作った資格をいかに軽く見ているかの象徴みたいなものだ。教員における同様の制度は民主党政権下で日教組が破棄させたが、これは残った。建築士は紳士の集まり、というよりは政治力がないからだろう。だけど、せめて3年を5年に変えてもらえないだろうかと思う。今回で3回目だが、こんなことを3年に一度強要されるのはそろそろいやになってきた。

 

12月9日 

金曜の会12月例会「前川国男の現代における意味ー没30周年を迎えて」に参加する。

主催者側からは前川が訴えた技術の重要性、JIAを足がかりに努力した建築家の責任と社会制度の改革を問い直す現代的意味、が提示された後、事務所OBの大宇根元会長の進行役で3人のパネラー、ノンフィクション作家の森まゆみ氏、建築家の青木淳氏、事務所OBで京都工芸繊維大学教授の松隈洋氏の発表後ディスカッションが行われた。森氏は東京文化会館での個人的な関わりと前川への認識を語り、青木氏はやはり東京文化会館を、前川はどのように思考しプラニングしたかを、まるで前川自身が語るかのように解説しながらフリーハンドで書き上げたビデオを使って解き明かすというパフォーマンスで会場を圧倒した。松隈氏は15日に発刊される新著「建築の前夜 前川国男論」を元に戦前の前川の前半生ー敗戦までの軌跡を紹介しながら恩師前川を語った。大変なボリュームの本だが興味のある方は一読をお勧めします。

 

3氏の発表後の会場も参加してのディスカッションは私には食い足りないものに感じられた。議論の中心は前川の作品をどう遺すかと、前川は何と戦いそれをどう継承するかというようなものだったが、私は少し論点の違う前川の“建築家をいかに社会に認知してもらえるか” というJIAを通じた活動と、80年前から目指した“建築の意味”を現代に問うという視点からはほとんど語られなかったように感じた。

青木淳さんはぜひ1度長野にもお越しいただいてじっくりとお話を聞きたいと思いました。

 

12月14日 

第2回支部役員会:審議事項は以前触れている支部大会収支についてと支部建築相談室と住宅紛争支援センターとの連携について。前者は承認された。後者は報告事項ではあるが藤沼支部長から今までの経緯が報告され、特に異論はなく相談室で検討することになる。

憲政記念館(旧尾崎祈念会館)の要望書、支部監査と目黒地域会の役員3期目も承認された。赤羽さんが来年の支部総会において次期監査役に就任される。上浪前支部長時代のUIA大会の準備・開催に多大な貢献をされ、引き続きJIAの公益法人化においても本部定款・支部規約・地域会規則等の整備及び横浜の全国大会などに尽力された。来年度新たに幹事就任予定の当会の西澤さんにとっても大きな後ろ盾となることでしょう。

 

次の協議事項である2017年度支部日程に絡んで、地域サミットと役員会の役割について多くの時間を費やして議論が行われた。藤沼支部長の意向で来年度の地域サミットは9月の徳島の全国大会での1回だけの開催という予定が示された。今までの3回開催が1回になるということである。地域サミットという地域会代表が一堂に会して意見交換する場が減少することに対して地域会の代表ではない幹事から疑問が出された。現在23地域会の中で代表と幹事を兼任しているのは千葉、群馬、長野の3名だけである。役員会は通常総会と共に会の議決機関であるが、現状では多くが幹事ではない地域会代表が意見交換をする場として地域サミットがある。

長野県クラブでは昨年度総務委員会と幹事会の役割の明確化を指摘され、今年度から幹事会を重視する方向に舵を切った経緯がある。支部は役員会の上に常任幹事会があるので、前回の役員会の報告でも述べたように、結果としてほとんど機械的に議事が承認される傾向だが、対して地域サミットでは代表が自由に発言できる場になっている。年間の役員会5回開催に対して地域サミット1回で支部運営の釣り合いが取れるかということだが、代表を役員会に出していない地域会の場合、代表の負担軽減という側面もあるようで簡単には結論は出ないように感じた。

 

報告事項は新春の集い、会員拡大WG、次期委員会委員公募、世田谷庁舎要望書などだが、2018年度9月にARCASIA大会とJIA全国大会が駿河台の明大キャンパスを会場に開催されるが、両者の実行委員会委員を各地域会から選任することになった。英語の能力は問わないということだが、若手から選出した方がいいのではないか。

 

12月16日 

来年1月1日付けの新建新聞に掲載される団体長アンケートの文章を作成する。ズボラな性格で締切ギリギリか遅れていて、いつも多くの方に迷惑をおかけしているがもうこの年齢になって改めることはできないだろう。

 

12月17日

冬のセミナー第1日目:午前3時起床。4時過ぎに菊池さんの車で更埴インターへ向かう。更埴を5時20分頃発ち各地に停まりながら飯田を7時30分過ぎに出発した。一昨年の石川県に続いて長野県クラブでは2度目の県外視察で総勢31名の参加を得ることができた。

新井委員長が3月に企画した温熱教室に関連した企画であり辻先生へのお礼も兼ねた視察研修である。セミナーの報告は今年入会していただいた大町の竹内祐一さんと松本の宮坂直志さんにお願いしてあるので、私は簡単に済ませたい。

“可児市文化創造センター ala” では香山壽夫建築研究所副所長でこの施設を担当された浜野さんと“ala”の事務局長山口さんにご案内いただいた。浜野さんはこのために東京からお出でいただいたとのことで大変恐縮した。この場を借りて改めて御礼申し上げます。

 

重伝建地区の“美濃うだつのある町並”を見学の後、辻先生のご案内で、先生が設計された“道の駅美濃にわか茶屋”と北川原温氏設計の“岐阜県立森林文化アカデミー”を訪れた。辻先生には岐阜市のホテルで行われた忘年会もご参加いただいた。今年度、温熱教室も含め先生には一方ならぬお世話になった。重ねて御礼申し上げます。来年以降のおつき合いもお願いしてホテルでお見送りした。

忘年会はいつものように建築談義で盛り上がり、予定時間を超え、お酒も何度も追加する事態となった。JIA会員は本当に建築が好きなんだなぁと呆れたり、笑わせられたりの楽しい時間を過ごさせていただいた。

 

12月18日

セミナー第2日目:石川の時は大雪に見舞われて難儀した。冬に北へ向かっては行けないという教訓を得て今回の岐阜の建築巡りになったが、天候に恵まれた上にツキも味方してくれているようだ。“瞑想の森”は葬儀がなく、30分間ではあったが隅々まで見学させていただいた。

その後多治見の“オリベストリート”、“市之倉”、藤森先生の最新作“モザイクタイルミュージアム”と予定時間を30分オーバーするほどの盛り上がりで無事終了した。

 

バスの中でも川上さんが“デザインとは何か?”、“美とは?”などの議論を仕掛けてきて大いに盛り上がった。今回の研修で私が一番印象に残ったのは、訪れた時間帯もあると思うが特に“ぎふメディアコスモス”と“モザイクタイルミュージアム”が溢れんばかりの人で賑わっていたことだ。香山先生の“建築とは人が集まる場所”のお言葉通りで、建築と共にそこに集まる人々の顔を眺めながら、改めて建築の力を実感できる旅となりました。

企画していただいた新井委員長に感謝します。

帰宅したのは午後8時を回っていたが、“真田丸”の最終回をほぼ見ることができた。

 

12月20日

三分一博志さんの事務所の池谷さんから連絡が来た。4日は無理だが2日間なら検討してみるということだ。私は大きな勘違いをしていた。自分が関西以西に行く場合鉄道だと東京経由しか頭にないが、藤松副代表のご指摘だと中央線の名古屋経由だと広島まで約4時間だそうだ。講演の開始時間とコンクールでの拘束時間に関しては考慮できる旨を伝え検討を依頼した。本人に伝えるとのことだが、返事はいつまでに?という質問に来年9月頃と答えてしまった。池谷さんも困惑していた様子だった。まぁ9月なら次善の人選は間に合うという趣旨なのだが、何でこんなことを言ってしまったのだろう。早いに超したことはないのにね・・・。

 

12月23日 

次期支部幹事に決まった西澤副代表のBulletinに掲載される選挙用の推薦文を作成した。西澤さん、赤羽さんもいらっしゃるのでご安心下さい。

 

12月24日 

支部に27日までに提出する2018年度の事業計画案を幹事会での意見も参考に作成する。夏と冬のセミナーは4年ぶりに松本を中心に行う予定だ。今年度好評だった連続セミナーの来年度の内容はまだ未定。本部の公益事業助成は申請しない予定。3月の収支内容を待って徳島の全国大会の予算増額は検討してみたい。予算案もそうだが、この時期に作れというのはやはり無理がありますよ。何回経験しても抵抗があります。

 

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