【第4回 JIA長野建築賞 2025】審査講評と受賞作品の紹介

公益社団法人 日本建築家協会 関東甲信越支部 長野地域会

【第4回 JIA長野建築賞 2025】審査講評と受賞作品の紹介

第4回 JIA長野建築賞 2025の審査講評と受賞作品を紹介します。

審査員   香山壽夫

総評

 「地域共同体のかたち」の、今日の姿を、どのように創り出すか。このことが、この度私が期待した課題でした。それは、この課題が今日、世界全体のそれぞれの地域で求められているものであり、それを建築のかたちとして創り上げるための基本は、それぞれの地域の自然に対する理解と、そしてまたその伝統に対する尊敬でありますが、長野の地こそはそのふたつが、今日でも、大きく、強く残っているところだと感じていたからであります。

 私の期待に57点の応募作品は、力強く応えて下さいました。いや、期待以上に応えていただいたと申すべきでしょう。募集に応じて提出された資料―A3版紙2枚―に、ひとつづつ目を通していくこと、このことが先ず私にとっては、大きな喜びでありました。建築家それぞれの独自の個性と、取り組む姿勢の多様性、そして、その全体を通して鮮明に浮かび上がってくる長野の地の、自然と伝統の豊かさ。

 このことについての私の理解と敬愛の念は、書類審査に続く、二日間の現地審査において、更に深くまた大きくなりました。ひとつの建築が美しく建っている、ただそれだけでなく、それを包んで共にある美しい山や谷や川、そして村や町や田畑がある。私が現地を訪れた二日間は、雨の日でしたが、山に降る雨も、谷から湧き立つ霧も、私の心に染み入るように美しく、思いに満ちたものでした。もし可能なら賞を差し上げたいものは他にもいくつもあった。私の判断に至らないところがあるに違いない。お許し願いたところです。私としては、このような機会を与えて下さったJIA長野県クラブと、そしてそれに応えてくださった建築家の皆様に、深く感謝申し上げる次第です。

 


 

【最優秀賞】

作品名:光跡の家
設計者:吉田 満+保科 京子(株式会社スタジオアウラ)

 この住宅は、その規模においては応募作品中、最小と言っていいほどのものですが、それによって与えられた感動は、誠に大きいものであった。
 敷地は、松本市に北から流れ入る女鳥羽川に沿って、戦後まだ間もない昭和二十四年に開発された県営住宅団地の一画にある。決っして豪華でも華麗でもない、むしろ慎ましい長屋の淋しく立ち並ぶ所である。しかし、設計者はそこに「暮らしの原点」を見出した。戦中、戦後の時代、と言えば必ずと言っていい程、暗く否定的に語られる通例に反して、設計者はここに、共に住むことの原動力をつかみ取ったのである。私は先ず、そこに感動した。
 建物の基本構成は、RC造の矩形の壁体の上に、片流れの木造小屋組みをのせた、単純明快なものである。しかし、その素材、処理に、細心の心を注ぎこんだ空間に流れこむ光は、時に応じ、季節に応じ、そしてそれに包まれる人の心に応じ、多彩な変化、魅力的な効果を生み出す。それに加えて、脇を流れる川の瀬音、鳥の声、そして建物全体を覆ってそびえ立つ欅の枝の風に鳴る音、が内部に流れ込み、あるいは中にいる人の視線を外に誘い出す。 そしてそれら全てを共に、この建物の内に居る人は、川の流れ、時の流れと一体になるのである。なんと素晴らしい、空間であることか。
 入りかかる日の赤き頃にこの住宅を訪れ、翌朝、その川の対岸を走る車の中より、再びその簡素にして鮮明な形態を望みつつ、私はこの作品と、それを生み出した若き才能と情熱に出会えたことに感謝した。

 

photo by 山内紀人


 

【優秀賞】(応募受付順) 
作品名:旧脇本陣「粂屋」 
設計者:甘利 享一(甘利享一建築設計舎)

 

 江戸時代が終わるまで、小諸城下の脇本陣として盛えた建物を復元し、新たに、宿泊施設兼地域交流施設として生き返らせたものである。脇本陣としての使命を終えて後、様々な改変がなされ、さらにはむしろ荒廃していた歴史的建物に見事に新しい生命が見事に与えられた。長い歴史を生きてきた建物には、時代により様々な手が加えられている。それに対して設計者は、繊細な感性で注意深く向かいあい、ある部分は撤去し、あるものは復元し、そして大胆な改造も行い、結果、時の流れを伝えつつ新しい魅力的な建物として生まれ変わらせた。その設計者と共に、このような再生の方針を打ち出した行政当局、そして容易ならざる管理運営の任に当られている方々に敬意を表したい。

 


 

【優秀賞】
作品名:片丘の家
設計者:丸山 和男(news設計室)

 

 松本平の東側の斜面に広がる古くからの、美しくのどかな集落の中に立つ。現代的で切れ味のよい形でありながら、周りの集落の、そしてその先の山の姿と、見事に調和している。低く抑えた屋根の形が卓抜なのだ。中に入ると、内部空間は、のびやかに明るく展開する。屋根の高く上がった部分に細長く二階をのせた断面形が、単純でありながらこの軽快に広がる心地よい空間を生み出している。木、漆喰、そしてコンクリートといった素材も、その特性を巧みに生かして使われている。ここに住む人は、定年後の第二の人生を、畠作り、親の介護で送るという。それはさぞかし幸せで、充実した生活であろう。感嘆しつつ、私はむしろ羨望の念にすらかられた。

 


 

【優秀賞】
作品名:「くらすわの森」設計プロジェクト
設計者:小島 豊彦(株式会社ヤマウラ)
    伊藤 さくら(株式会社ヤマウラ)
    上垣地 泰彦(株式会社丹青社)

 

 中央アルプス、駒ケ根の麓の森の自然を楽しみ、飲食を楽しみ、そして身も心も健康にしようという施設である。歴史ある薬用酒の会社が、その工場の周りに建設し運営している施設であるが、宣伝色は皆無で、それがかえって「健康」、そしてその基本となる「自然」の大切さが強調されている点が、先ず見事である。
食堂、農産物売店、さらには図書館、子供の遊び場等々、様々な施設をひとつに結ぶ有効な中心となっているのが、半径約40メートルの円形柱廊であるが、この真円という幾何学的なかたちが、地形、樹木といった自然のかたちを害することなく、むしろ強調していて快適である。柱廊の高さ、柱、梁の細部に人間的スケールが上手に実現されている故である。

 


 

【優秀賞】
作品名:信州大学繊維学部 真綿・蚕糸館
設計者:児野 登(株式会社アーキディアック)
    土本 俊和(信州大学工学部)
    羽藤 広輔(信州大学工学部)

 

 上田市にある信州大学繊維学部のキャンパスは、戦前の旧蚕糸専門学校時代からの歴史的建物と、豊かな緑を持つ美しいところである。展示そして研究・講習のための施設であるこの建物は、そのキャンパスのほぼ中心に静かに、しかし、格調高く、置かれている。
今日、「ミュージアム」と言えば、いたることろで目につく、奇妙、奇抜な建築とは異なり、古くからの土蔵や倉のような、切妻屋根をのせた矩形のかたちは、伝統に繋がるなつかしさを示しつつも、今日的な迫力を持っている。その外壁の処理、そして開口部が最新の注意をもって練り上げられているからである。コンクリート壁体の内部に、木造の骨組みが包み込まれる、というコンセプトも面白い。このふたつの構造形式の対比が、内部空間においてもっと鮮明に練り上げられていたら、 その空間はさらに印象的なものとなっていただろう。

 


 

【優秀賞】
作品名:101年目の家
設計者:川口 裕人(1110建築設計事務所) 

 

 題名の示すように、古民家を保存再生し、東京で働く人の週末住居兼両親の老後の住居としたものである。上田市郊外の古くからの集落の中にあり、周辺環境、自然と見事に溶け合い、ここに住む人の幸せがあたりに滲み出てくるかのようである。
しかし、この民家は、通常の保存再生の場合と著しく異なっている。外観に、古民家らしさがほとんど無い。それもその筈、保存に際し、設計者は、既存建物を躯体だけに還元し、それを巧みに用いつつ全く独自の内部空間を創出し、そして外装は新しくしたからである。それによってここには、古民家独自の木造軸組みを生かした、極めてユニークな内部空間が生み出された。その中心になるのは住居中央を、屋根小屋組みを見上げつつ上昇する空間である。このような民家再生の類例は少なく、新しい可能性を拓くものとして今回私はこれを取り上げることとした。

 

photo by 長谷川健太(OFP)

 

 

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