「宮本忠長先生の思い出を語りあう会」(会員集会)に参加して 山口 満
2017年05月08日
会員の山口満さんから2017年度通常総会の日に行った『会員集会』の報告です。(2017年4月21日)
会員集会は西澤広智さんによる宮本忠長先生のご紹介から始まりました。作品を主に、仕事への取り組まれ方やその時の思いなどを伺うことができました。投影される映像と会場に展示されたパースを見ながら、静かに宮本先生の建築への思いをなぞることができました。
引き続き、荻原白さんの司会で、松下重雄さん・久保田三代さん・須田考雄さん・髙橋重德さん・赤羽吉人さんによる宮本先生との印象に残る場面のお話が語られ、さらに会場からも数々の宮本先生のお話がご披露されました。
この中で、私の中に一番強く浮かびあがった宮本先生の思いは、「生まれ故郷で建築をしていくという格闘」でした。事務所をはじめられた頃、善光寺下の集合住宅で夜遅くから物が飛び交うほどの真剣な打ち合わせをされたお話しは強烈でした。この初期の作品がいまだに長野市内に残っていて、今でも当時の思い出が語られていることに宮本先生の格闘の凄さがあると感じます。
また、当時は息で吹くエアブラシ(あとで久米勇一さんに伺いました)を使ったパースの仕上げについても、その色調の柔らかさとは対照的な格闘を感じます。建物のパースであるにもかかわらず、どこか色っぽい空が広く描かれている画面構成は、「自分の仕事がこの生まれ故郷に認められるのか?」という問いかけに感じました。
「地方の建築家のあり方を学ぶ」という会員集会の副題は、私たちのとても重要なテーマであり、宮本先生に続いて常に問い続けなければならないテーマが含まれています。その一つの模範解答を拝見し、また先に進める気がしました。
宮本忠長先生が信州大学で建築の学生に対してお話ししていたときの声がよみがえります。「建築は子供のようです。できてからどう育っているか、いつも心配になります。」と語られていました。「作品は、見る者には完成された作品として提示されるが、作家にとってはいつまでも未完成な存在である。」(発言者は失念しました。)そんなことを思い出しました。クライアントと作家とが対峙するだけではなく、「地方」「生まれ故郷」に対してクライアントと一緒に対峙することによって生み出される「建築」がどう「育っていくか。」静かで強くてとても良い会員集会でした。
その後の通常総会も、ご来賓からのお言葉をいただきながら滞りなく議事が進められ、全ての議案が承認されて無事閉会しました。
懇親会では引き続き宮本忠長先生のお話しをたくさん伺うことができ、有意義な時間を過ごすことができました。